あれは高3の8月。
大好きなあの子と夏祭りに行く約束を取りつけたんだ。
当時僕は受験生。
夏祭り当日の午前中から夕方まで、隣町で模擬試験を受けていた。
最後の試験科目、英語が終わり僕は急いでバスへ乗った。
早く家に帰って、着替えて夏祭りへ急ぎたかった。
バスが4つ目の停留所を出発したその時、僕のケータイにメールが届いたんだ。
一字一句暗記した、僕の大好きなメールアドレスから。
すぐに返信して待ち合わせ場所を決めなくちゃ。
ドキドキしながらそう思っていたよ、メールを開くまでは。
すぐにメールを開いた。
「ごめん、やっぱ今日行けない。」
謝っている風の絵文字付き。
僕はとてもとても残念だった。
今まで「残念」という単語を何度も目にしてきたし、自分自身何度も使ってきた。
だからよくわかる。
今まで残念だったことなんてなかったんだな。
理由を聞くと、親の許可が下りなかったとのこと。
本当かどうかはわからない。
でも僕は、それ以上聞かないことにした。
そして「受験生だから」と自分に必死に言い聞かせ、自分も夏祭りへ行かないことでその理屈を補強した。
30分ほどして僕は家に着いた。
親父は町内の連中と今から祭り会場へ向かうところだという。
「お前は何時頃来るんだ?」と親父。
「あー、そのうち行くわ」と僕。
さっき行かないと自分で決めたのに、なぜ親父に嘘をついたんだろうか。
きっと「行かない」と言ったら、自分の動揺を隠せなくなるのを恐れたのだろう。
涙腺の紐がほどける直前だったのだ。
自分の部屋へ入ると座布団を枕にフローリングに仰向けになった。
何も考えたくない。
考えたくはないが、考えずにいることができない。
二の腕を汗ばんだ額に張り付けながら、どれだけの時間が立っただろう。
だんだんと虚しく、寂しくなってきて、僕はトボトボと台所へ降りて行った。
冷蔵庫を開けると、キンキンに冷えた銀色のビールが5、6本直立している。
親父にバレるとか、そういうことも考えずに僕は一気に喉元へ流し込んだ。
初めてのビールはとても苦かったが、僕はもっと苦くあってほしいと願った。
ふとケータイを見ると友達から3件の着信と、数通のメール。
「祭り行こうぜ!」
僕は返信しなかった。
明日の言い訳を考えるのが面倒くさいとも一瞬思ったが、すぐに先ほどのショックが上回ったのだ。
「今日はヤケ酒だ。」
脳内でそう呟いて、僕は自分の部屋へとビールと一緒に戻った。
精神が強く、気合や根性のあるヤツなら、こういう状況でどのように行動するのだろうか。
自分を奮い立たせ、机上に問題集を開くことができるのだろうか。
ヤケになってビールを煽る自分は、あいにくそれらを持ち合わせていない人間なのだとその時自覚した。
尚、これらの能力はこの時から15年以上経った今でも手に入っていない。
部屋へ戻ると、花火会場からは正反対にある窓を全開にした。
そして持ってきたビールを煽った。
時は19:30。
ドーンと爆音が響く。
私の家は花火会場から2kmほどの距離にあり、とにかく花火の音が響くのだ。
時間的にも音の大きさ的にも、花火大会の開始を告げる尺玉に違いない。
僕があの子と一緒に花火会場でこの花火を見上げていたら、もっと大きな音がしたのかな。
口に含んだビールが喉で一度つかえ蒸せてしまった。
その後、1分に1発ほどのペースで上がり続ける花火。
それを見なくて済むように会場とは反対の窓を開けたのだが・・・。
外は真っ暗で、窓の外に広がる田んぼの水面に反射する街灯の光を、僕はぼんやり眺めていた。
打ちあがる花火。
その音とほぼ同時に赤、黄、緑のハチの巣のような光が水面に写る。
風もないのにその光が心なしか滲んでいるように見えた。
初めてのビール350mL缶を飲み干し、2本目を取りに再び台所へと向かった。
さすがにビールだけでは進まない。
何かつまみになるようなものを欲していた。
冷蔵庫の中に目ぼしいものは何もない。
僕は1階の車庫へと降りる階段を下っていた。
車庫に野菜くらいなら何かあろうと考えたのだ。
車庫へ降りると、案の定あった。
ミョウガとオクラだ。
これはばあちゃんが作ったやつだ。
入っている袋の結び方を見ればすぐにわかる。
僕はそれをじゃぶじゃぶと水で洗い、上から味の素と醤油を無造作にかけた。
美味いとか不味いとかそんなものはどうでもよかった。
ただビールが進みさえすればそれでよかったのだ。
僕は部屋へ戻り、先ほどまで枕にしていた座布団を尻に敷き、ヤケ酒を再開した。
空きっ腹にビールだったせいか、空きっ腹に拍車がかかっている。
僕はさきほどの野菜を手づかみでわしゃわしゃと夢中で食べた。
花火の爆音。
そして水面に写る光を見ながら。
だんだんと鼻水が出て目の前が曇っていった。
先ほどまであれほど腹が空いていたというのに、気づくと腹など空いていなかった。
きっと最初からそうだったのだ。
つまみを半分ほど残し、2本目のビールを一気に飲み干した。
そして僕は布団もかけずに、座布団を枕に朝まで寝てしまっていた。
あれから15年以上経った僕は、夜中に独り台所でキッチンドランカーをしていた。
ビールの色こそ銀色から青へ、というか発泡酒へと変わっているが、つまみは同じだ。
独り呑んでいると、何故かあの日のことを思い出してしまった。
僕は15年間で何か変わっただろうか。
人間的には何か成長しているようには思えない。
肉体も精神面もたぶんさほど変わってはいない。
なのに、とても大切な何かが変わってしまったのだと強烈に実感している。
15年・・・日にして5000日ちょっとだ。
あの時からたった5000回眠ったら今だ。
5000回眠る前、僕はどんな人間だっただろうか。
何をして、何を見て、何を嬉しく感じ、何に胸を締め付けられただろうか。
あの時、僕は何を大切に思っていただろうか。
5000回も眠ったから、刻み込まれた記憶の溝は埋まってしまったようだ。
しかしあの頃の僕の気持ちをどうしても思い出したい。
僕は決めた。
今年の夏、実家のあの部屋であの時と同じように過ごしてみるんだ。
独り静かに。
僕は一体、何を感じるだろうか。
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[レシピ]
①みょうが、オクラを水でよく洗い、さっと水気を切る
②好きな大きさに切る。切らないでもおk
③容器(面倒臭ければまな板の上でも!)に入れ、味の素と醤油をかける
④ビール片手に無造作に食う!
[SDメモ]
・思い出のメニュー
・もう忘れないように説明欄に書いておいた
・胸が苦しいのは、何故だろう
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